三尾鉱山(奈良県)

三尾鉱山は奈良県吉野郡東吉野村三尾(旧四郷村)に有った鉱山です。
主に銅を採掘していました。

三尾鉱山の概要

三尾鉱山は三尾地区の川を隔てた北斜面に位置しており、近くに県道が走っており古くから交通の便に恵まれていた。

鉱山が発見された時代は定かでは無いが、1954年出版の『良県綜合文化調査報告書 [第3]』には、今から150年前に鉱床が発見されたと記載されている。その後、宮本弘氏の手に渡り稼行が行われた。戦時中に栄えたとの記録も有る。

作業員は15名程度、月産15t、平均品位は3~4%。手選により7~8%の精鉱にし、袋に詰めて対岸の県道からトラックで上市へと運んでいた。

三尾鉱山の対岸には当時休山中であった、大盛鉱山が有った。

鉱山の鉱区登録番号は、奈良県採登139号、鉱種は金・銀・銅。

鉱床は走行延長60m、傾斜延長は40m、厚さ平均45cm、最大で3m。
鉱床に見られる金属鉱物には黄鉄鉱、黄銅鉱、斑銅鉱、磁硫鉄鉱、自然銅、四面銅鉱、閃亜鉛鉱。石英、方解石も見られる。
また、微量な鉱物として金(4g/t)、銀(50g/t)、マンガン(0.36%)、砒素(0.16%)、酸化マグネシウム(0.95%)、鉛、亜鉛、ニッケル、コバルト等。

三尾鉱山の歴史

鉱山の発見年代は不明。
昭和26年(1951年)宝生産業株式会社により稼行が開始される。
昭和28年(1953年)45KWH受電設備を新設。
昭和29年(1954年)3坑を中山式電動削岩機で掘進を行う。2坑の160m下部で富鉱帯を発見する。
昭和30年(1955年)3坑が300m付近で着鉱する。7月に30馬力のコンプレッサーを設置する。
昭和31年(1956年)11月に2坑坑口に10t/日の処理能力の浮遊選鉱場を新設する。
昭和32年(1957年)受電設備を100KWHの能力に増設。
昭和33年(1958年)3坑に第一斜坑が完成する。
昭和34年(1959年)10月の伊勢湾台風により選鉱場の大部分が流出するが12月に復旧させる。
昭和35年(1960年)1月に坑内採掘跡にスライム充填法を採用する。
昭和36年(1961年)9月に3坑に第二斜坑が完成する。10月に4L富鉱帯を発見する。
昭和37年(1962年)鉱車を0.5tから1.0t積に変更し効率化を図る。発破を電気雷管法を採用する。

参考資料『日本の鉱床総覧』『吉野山村の性格とその変貌 : 奈良県川上村・東吉野村・上北山村』『良県綜合文化調査報告書 [第3]』

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