大久喜鉱山は愛媛県喜多郡五十崎町大字古田に位置した鉱山で、昭和鉱業株式会社により稼行されていました。
大久喜鉱山の概要
大久喜鉱山の鉱区
1960年頃の大久喜鉱山の鉱区等の情報は以下。
鉱種:金、銀、銅、硫化鉄、コバルト、マンガン
鉱区:愛媛県採掘権登録467号、471号、478号、試掘権5699号、試掘権5915号
鉱業権者:昭和鉱業株式会社
1947年頃の大久喜鉱山の鉱区等の情報は以下。
鉱種:金、銀、銅、硫化鉄、亜鉛鉱
鉱区:愛媛県採掘権登録196号
大久喜鉱山の位置
大久喜鉱山は国鉄(JR)内子線五十崎駅の南方3kmの、肱川の西岸に位置している。
鉱山で採掘された鉱石はインクラインで800m下部に下げられ、貯鉱舎に貯蔵されそこからトラックにて五十崎駅へ運ばれる。銅の上鉱石は伊予長浜港から日比製錬所へ出荷し、手選粉鉱および浮選精鉱は四阪島または直島製錬所に送られた。

大久喜鉱山の鉱床
大久喜鉱山の鉱床は複数の小鉱体群からなり、個々の鉱体の規模は数トンから数万トンと大小様々となっている。一般的な鉱体の大きさは、走行延長10~150m、幅2~30m、厚さ0.1~0.2m。
鉱床の形状は様々で、鞍状、筒状、芋状、板状、茸状となっている。
鉱床の分布範囲は本坑地区で、東西1,500m、南北300~400m。
対岸の大登坑地区で東西約500m、南北約150mとなっている。
主な坑道には、神南坑、大久喜坑、昭和坑、東坑、山王坑等が有る。

鉱床に含まれる金属鉱物には、黄鉄鉱、黄銅鉱、斑銅鉱、閃亜鉛鉱。微量な成分として金、銀、ニッケル、モリブデン、コバルトが見られることが有る。
微細から中粒の緻密塊状鉱および縞状鉱染状鉱となっている。
鉱体の上盤側には黄銅鉱に富む部分が見られる。
大久喜鉱山の歴史
鉱山が発見された時代は定かでは無いが、口伝によると約200年前に城主の加藤家により発見され、神南山の東南中腹部を採掘した。
明治25年(1892年)この頃に松山市の住人の某氏が旧坑の取明けて探鉱を行う。
明治34年(1901年)この頃に西条市の住人の某氏が旧坑の取明けて探鉱を行う。
昭和4年(1929年)八幡浜の米田政行氏他2名が試掘権を得て稼行を行った。
昭和7年(1932年)米田政行氏等が12月に採掘権を得た。
昭和9年(1934年)5月に昭和鉱業株式会社が鉱山を譲り受けた。
昭和11年(1936年)設備を機械化した。
昭和23年(1948年)浮遊選鉱場を設置した。
昭和31年(1956年)本坑の他、東部延長先の大登坑を開いた。
昭和46年(1971年)3月に閉山となる。
参考資料『日本の鉱床総覧』『日本地方鉱床誌 四国地方』『愛媛県商工課調査研究報告 (3)』『四国鉱山誌』『地質調査所月報 4(10)』

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