花房鉱山は岐阜県揖斐郡久瀬村小津に位置した鉱山です。
岐阜市の遠藤啓太郎氏の経営により開発されました。
花房鉱山の概要
花房鉱山は小津川上流花房山麓の高地川河岸に位置していました。

花房鉱山が発見された時期は不明となっています。
昭和15年採掘権を日下部庄吉氏より得た遠藤啓太郎氏が、昭和16年に操業に着手し、終戦まで採掘を続けたが終戦と同時に休山となりました。昭和24年なり操業を再開したが、36年4月頃に休山して今日に及んでいます。
主に上1号坑から1号坑道~5号坑道が重要坑道として稼行されていました。
昭和26年当時、銅を8~10%含有する粗鉱約800トンを生産し、最盛時は約30名で採掘していました。
採掘した鉱物は索道で山元の選鉱場に搬出し、手選で銅7%前後の粗鉱とし日立製錬所に売鉱していたとの記録が有ります。
花房鉱山の鉱床

地質は古生層の粘板岩および中生層の礫岩の分布が広く、鉱床はこれら岩石の変質による硅化帯中に脈状又はレンズ状をなした含銅硫化鉱床となっている。石英の細脉を伴う場合もある。
脈巾は四・五メートルに達するものもある。
鉱体の走向延長は最大50m。
鉱床には、主に本山鉱床・川東鉱床・鼓方鉱床の三群の鉱床が確認されている。
また、小谷鉱床、室谷鉱床もあるが、十分な探鉱が行われていない。
坑道の総延長1,461m。
本山鉱床
本山鉱床の鉱脈に含まれる金属鉱物には黄銅鉱、黄鉄鉱、斑銅鉱(自然銅)また、微量だが金と銀が伴った。
品は平均で銅が14%、硫黄35%、金0.3g/t、銀40g/t。
川東鉱床
川東鉱床は硫化鉄鉱床で塊状をなしており、銅0.5%程度の銅鉱石が見られた。
付近には銅が2%程含まれる転石もあるが、鉱床の詳細はまだ確認されていない。
鼓方鉱床
鼓方鉱床の鉱床は本山鉱床と殆ど変わりが無く、鉱床付近には輝緑凝灰岩の噴出が有り、鉱床はこの輝緑凝灰岩付近に有る脈状の石英の上下盤に塊状に胚胎している。
花房鉱山の歴史
花房鉱山の発見年代は不明。
1940年(昭和15年)遠藤啓太郎氏が日下部庄吉氏より採掘権を譲り受ける。
1941年(昭和16年)鉱山の操業に着手し第二次世界大戦終戦まで稼行するが、終戦と同時に休山となる。
1949年(昭和24年)稼行を再開する。
1951年(昭和26年)この年の出鉱量は279t。
1955年(昭和30年)従業員30名で稼行を行う。
1961年(昭和36年)4月ごろに休山となる。
1964年(昭和39年)鉱山の廃坑を用いて火薬を爆破させ、地中内の構造を調べる実験が行われた。
1966年(昭和41年)鉱山の廃坑を用いて3tの量の火薬を爆破させ、地中内の構造を調べる実験が行われた。
参考資料『日本の鉱床総覧』『物理探鉱調査研究一覧 第8輯』『物理探鉱調査研究一覧 第10輯』『久瀬村誌 本編』


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