竜昇殿鉱山(北海道)

北海道の鉱山

竜昇殿鉱山は北海道紋別市上渚骨町中渚豊盛に位置した水銀鉱山です。
北進鉱業株式会社により稼行されました。

竜昇殿鉱山の概要

竜昇殿鉱山は北海道紋別市上渚骨町中渚豊盛にあり、標高334mの紋別山の南斜面の海抜150m付近に位置していました。鉱山の脇に鉱床発見の元となった二十線道路が有り、交通の便は良かったとの事。

 

竜昇殿鉱山の名称は、大牟田化学工業株式会社が鉱山を買収した際に、紋別市に有った当時日本最大の金山で有った住友金属鉱業の鴻之舞鉱山の「鴻の鳥(白鳥などの大型の水鳥の意)が舞う」になぞらえて「竜が天に昇る」と、約2000年前に発見され西暦2,000年頃まで採掘が行わていたスペインの水銀鉱山であるAlmaden Mineのdenをもじって殿として、『竜昇殿鉱山』と名付けた逸話が有ります。

昭和18年に紋別市の池沢憲一氏が中渚骨二十線道路の工事の際に、道端に辰砂の含まれた転石を見つけたのが発見となっています。同年12月に池沢氏が鉱業権者となり北鎮鉱山として稼行されました。

昭和19年に野村鉱業株式と、翌20年には住友金属鉱山株式会社と売鉱の契約を結び、イトムカ鉱山へ売鉱を行いましたが、太平洋戦争の終戦と共に休山となりました。当時の売鉱状況は品位1.67%の水銀鉱石を522t、品位0.69%の水銀鉱石を1524.8トンとなっています。

昭和26年には採掘を再開し設備を整えて稼行を行い、年間690kgの金属水銀を精製しました。しかし鉱況振わず再び休山となりました。

昭和29年9月に大牟田化学工業株式会社が鉱山を買収し、竜昇殿鉱山と改称して稼行を行いましたが経営状態が良くはなく、昭和34年12月に休山となりました。

和35年10月には北進鉱業株式会社が買収して稼行を行い、鉱況の好転と新鉱床の開発から発展しましたが、後の水銀需要の不況から昭和49年のに閉山となりました。
昭和43年頃は人員117名で稼行し、粗鉱約2,000t/月を採掘し、水銀製品を5.8t/月生産していました。

 

竜昇殿鉱山の鉱床

竜昇殿鉱山の主な鉱床は第一鉱床、第二鉱床、第三鉱床、第四鉱床、F2断層脈、NW断層脈、F断層脈があり、露頭は第一鉱床の露頭が有りました。なお、旧採掘箇所として豊盛現場、芋現場、半島現場などの露天掘り跡が残されています。

鉱染鉱床の第一鉱床、第二鉱床が主体の鉱床で、灰色砂岩中に辰砂が鉱染したもので、富鉱部は礫質部において形成されることが多かった。

鉱床に見られる鉱物は主として辰砂で、稀に自然水銀が見られた。
硫化鉱物には黄鉄鉱(白鉄鉱)も含まれていた。

昭和35年から昭和41年までの坑道総延長は3,614m、試錐総延長は7,801m。
昭和37年から昭和41年までの水銀の産出量は139t。

第一鉱床

第一鉱床は鉱染鉱床で、走向延長は300m、傾斜延長は100m、平均脈幅は10m。
水銀の品位は0.27%。
露頭から55mの深さまで開発が行われました。

鉱床の発見時期は昭和18年で、竜昇殿鉱山の発見時期から開発が行われています。
初期には鉱床の上部に深雪坑、丹精坑、北辰坑などが開削されて採掘が行われました。北進鉱業の稼行になってからは鉱床下部の開発が行われ、標高146.9m地点の0ML坑を基準に、上部に+15ML坑、+30ML坑、+40ML坑が、下部には-15ML坑が掘られました。

第二鉱床

第二鉱床は鉱染鉱床で、走向延長は400m、傾斜延長は60m、平均脈幅は5m。
水銀の品位は0.33%。

鉱床の発見時期は昭和38年9月にボーリング探鉱で見つかり、昭和39年から坑道と竪坑の開削を行いました。昭和42年2月に鉱石の出鉱が行われました。
坑道は0ML坑が有り、延長300mの立入運搬坑道の終点に下部100mの竪坑が掘られています。また、この竪坑を中心に-60ML坑、-80ML坑、-100ML坑が開かれています。

第三鉱床

第三鉱床は鉱染鉱床で、走向延長は100m、傾斜延長は40m、平均脈幅は3~5m。
水銀の品位は0.3~0.5%。

鉱床の発見時期は昭和43年11月15日にボーリング調査により発見され、昭和44年1月に着鉱しています。

第四鉱床

第四鉱床は鉱染鉱床で、走向延長は90m、傾斜延長は20m、平均脈幅は4~5m。
水銀の品位は0.3~0.5%。
鉱床の発見時期は昭和43年10月6日にボーリング調査により発見され、同年11月に着鉱しています。

F2断層脈鉱床

F2断層脈鉱床には鉱脈が1本有り、走向延長は30m、傾斜延長は30m、平均脈幅は1m。
水銀の品位は0.50%。

NW断層脈鉱床

NW断層脈鉱床には鉱脈が1本有り、走向延長は20m、傾斜延長は10m、平均脈幅は1m。
水銀の品位は0.50%。

F断層脈鉱床

F断層脈鉱床には鉱脈が1本有り、走向延長は15m、傾斜延長は不明、平均脈幅は1m。
水銀の品位は0.28%。

竜昇殿鉱山の歴史

1943年(昭和18年)西峰敏春氏等がが道路工事の際に発見し、同年に紋別市の池沢憲一氏が北鎮鉱山として探鉱が行なわれ、終戦まで採掘が行なわれた。
1944年(昭和19年)野村鉱業株式と売鉱の契約を結び、イトムカ鉱山へ売鉱した。
1945年(昭和20年)住友金属鉱山と売鉱の契約を結ぶ。
1945年(昭和20年)終戦と同時に休山となる。
1951年(昭和26年)レトルト製錬設備を設置したが鉱況振わず再び休山。
1954年(昭和29年)9月に大牟田化学工業株式会社が買収し竜昇殿鉱山と改称した。小規模操業を開始してロータリーキルン製錬設備を設置する。
1958年(昭和33年)年間約5,000kgの水銀製品が生産された。
1959年(昭和34年)再建策成功せず僅かに鉱石の一部をイトムカ鉱山に売鉱していたが、12月に休山となる。
1960年(昭和35年)10月北進鉱業株式会社が買収し11月に竜昇殿探鉱所を開設して12月より探鉱を開始した。
1962年(昭和37年)鉱業所として12月より粗鉱量1,000t/月、酸化水銀(II)3%の本格操業に入る。
1965年(昭和40年)4月より粗鉱量1,500t/月の処理量となる。
1974年(昭和49年)閉山となる。

 

参考資料『日本の鉱床総覧』『北海道地下資源調査資料 (118)』『北海道地下資源調査資料 (25)』『地質調査所月報 22(4)』『地下資源調査所報告 (48)』『地下資源調査所報告 (43)』『北進鉱業十年の歩み』

コメント

タイトルとURLをコピーしました