妙法鉱山は当時の埼玉県秩父郡大滝村に有った鉱山で、秩父鉄道秩父駅の西方約45kmに位置していました。山梨県との県境の雁坂峠の西北の標高1760メートル付近の高地にあり、
荒川支流の入川上流の右岸に流れ込む金山沢に入り、大荒川谷、小荒川谷の分岐を小荒川の方に入ったところに有りました。
古くは金や銀の採掘が行われてた鉱山で、近年に入り磁硫鉄鉱などが採掘されました。
日窒鉱業株式会社が鉱山取得時は、鉱区番号が埼玉採登第24号。
鉱種は金、銀、銅、鉛、亜鉛、鉄、硫化鉄となっています。
妙法鉱山の概要
妙法鉱山の地質図と断面図
妙法鉱山は石灰岩中に生清kした高熱交代鉱床で、東部鉱体と西部鉱体の2つの鉱体が有る。
東部鉱体は延長40m、深さ30m+、幅の平均は10m。
西部鉱体は延長40m、深さ30m+、幅の平均は5m。
坑道として丸元坑と、山中坑の2つの坑道が有った。
丸元坑道内においては含銅磁硫鉄鉱鉱床があり、山中坑においても磁硫鉄鉱が有ったとされるが、調査時(昭和31年6月)時点で坑道が崩落しており詳しい状況は不明だったとの事。
妙法鉱山の含銅磁硫鉄鉱の品位は、最上鉱で鉄67.15%、硫黄0.45%、銅0.06%。貧鉱で鉄22.46%、硫黄0.23%、銅0.04%との記録が有る。
鉱床は主に磁鉄鉱からなっており、少量ながら磁硫鉄鉱、黄鉄鉱、黄銅鉱、灰鉄輝石、柘榴石、金を伴っていた。
『秩父・山里の記憶』のサイトでは、昭和19年には鉱山付近に飯場を作り、7人ぐらいの人が働いていたと書かれています。
鉱山採掘は手堀りで行われており、粉にした鉱石をねこ流しにより、金を採取していました。
妙法鉱山の歴史
妙法鉱山が発見された時期は不明だが、慶長年間から金の採掘の為に開発が行われたとされる。
昭和初期まで『荒川鉱山』と称していた。
昭和19年頃には東京都に有った橘旅館が鉱山権を持っており、試掘を行っていた。
昭和27年(1952年)に当時の日窒鉱業株式会社によって鉱山が買収され、近代的な探鉱が行われました。
参考資料『日本の鉱床総覧』『秩父・山里の記憶』『日本地方鉱床誌 関東地方』『日本鉱産誌 B 第1-b 』『未利用鉄資源 第4輯(1957)』


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