広島県の鉱山一覧について
このページでは広島県の鉱山一覧についてまとめています。
鉱山の名称については書籍などに記載されているものを使用し、住所についてもその記載時の地名を用いています。そのため現在の住所とは違う場合が有ります。
鉱山についても鉱物が採掘された情報を元に記載をしているので、複数の鉱物が採掘されていた場合は複数の鉱物の項目で同じ鉱山が記載されている場合が有ります。また主に採掘されていた鉱物以外としても記載されている場合が有ります。
広島県の鉱山の概要
広島県は古くより、金、銀、銅、鉛、亜鉛、マンガン、クロム、タングステン等の金属鉱山が稼働していました。しかし、大規模な鉱山は少なく、比較的規模の小さい鉱山が稼行していました。広島県の主な鉱山には金明鉱山などが有ります。
金明鉱山
金明鉱山は広島県広島市安佐北区下深川付近に有った銅鉱山で、1600年代から1969年まで採掘していました。
戦後の素材不足と銅の価格上昇に伴い昭和15年以降に本格的に開発がされたとの事です。
金明鉱山の付近には可部鉱山、八木鉱山などの鉱山も有りました。
広島県の石灰鉱山
広島県には県の東北部にある帝釈石灰鉱床や、瀬戸内島嶼部の石灰鉱床などがあり、この付近では石灰鉱山が稼働しており、石灰を採掘していました。
現在も稼働している石灰鉱山は少なく、主な石灰鉱山には日東粉化工業株式会社が稼行をしている、庄原市東城町の夏森鉱山や広島県庄原市東城町にある茅平鉱山が有ります。
金・銀が採掘された鉱山
神武鉱山 広島県三原市宗郷町
山口茂氏により稼行されていた鉱山。
1953年には月35トンの鉱石を生産。
金の品位は鉱石1トンあたり0.1グラム。銀の品位は鉱石1トンあたり21グラム。
銅の品位は2.8グラム。
黄鉄鉱、黄銅鉱、方鉛鉱、閃亜鉛鉱、スカルン鉱物、蛍石、方解石、石英などの鉱物が有った。
平子鉱山 広島県比婆郡西城町平子奥谷
富士鉱業株式会社により稼行されていた鉱山。
1953年には月に50トンの鉱石を生産した。
銀の品位は鉱石1トンあたり150グラム。
銅の品位は6.5%。亜鉛の品位は10%。
金明鉱山 広島県安佐郡深川村
大興産業株式会社により稼行されていた鉱山。
1953年には月に500トンの鉱石を生産。
銀の品位は鉱石1トンあたり40グラム。
銅の品位は1.5%。
大永鉱山 広島県沼隅郡松布(旧本郷村)荒木
矢吹芳雄氏により稼行されていた鉱山。
1953年には月に5トンの鉱石を生産。
銀の品位は鉱石1トンあたり100~200グラム。
銅の品位は5~8%。
銅・鉛・亜鉛が採掘された鉱山
清常鉱山 広島県比婆郡東城町戸宇(旧戸宇村)
銅の品位が3%。
白銀鉱山 広島県比婆郡東城町戸宇
上鉱部分で銅の品位は11%。
山神鉱山 広島県比婆郡東城町戸宇
銅の品位は3~7%。
戸宇鉱山 広島県比婆郡東城町戸宇
日本鉱業株式会社により稼行されていた鉱山。
1956年時点で休山。
品位は低かったとの事。
烏賊塚鉱山 広島県比婆郡東城町(旧帝釈村を含む)
日本鉱業株式会社により稼行されていた鉱山。
銅の品位は5%。
吹矢谷鉱山 広島県比婆郡東城町吹矢谷
宇宝合名会社により稼行されていた鉱山。
1550年代(毛利時代)稼行し、明治時代にも随時稼行した。
1917年から19年にかけても稼行した。
銅の品位は19.6%。亜鉛の品位は1.63%。
大滝鉱山 広島県比婆郡西城町大滝
田中金次郎氏により稼行されていた鉱山。
品位は低く鉱量も少なかったとの事。
小滝鉱山 広島県比婆郡西城町小滝
1956年時点で休山。
鉱量は少なかったとの事。
西城鉱山(出淵鉱山) 広島県比婆郡西城町平子
佐原孝氏により稼行されていた鉱山。
1400年頃稼行し、1915年から20年には鉱石を生産。
1938年から1945年にかけても稼行。
1949年には休山。
七福鉱山 広島県比婆郡西城町竹中市
吉川憲司氏により稼行されていた鉱山。
大正時代に稼行された。
段地鉱山 広島県比婆郡西城町段地
1956年時点で休山。
品位は低く鉱量は少なかったとの事。
平子鉱山 広島県比婆郡西城町平子奥谷
富士工業株式会社により稼行されていた鉱山。
1954年に月200トンの鉱石を生産。
銅の品位は3~6.5%。亜鉛の品位は10%。銀の品位は50~15%。
大屋鉱山 広島県比婆郡西城町(旧美古登村)三田
徳田円三氏により稼行されていた鉱山。
1912年から15年に稼行。1945年休山。
日南鉱山 広島県比婆郡西城町雛山
谷藤次郎氏により稼行されていた鉱山。
1917年から1918年に稼行。3トンの鉱石を生産した。
大盛鉱山 広島県比婆郡比和町堺谷
1924年頃に三菱鉱業株式会社により稼行されていた鉱山。
1915年から16年に5トンの鉱石を生産。
田川鉱山 広島県比婆郡庄原市(旧山内北村)門田
田中利一氏により稼行されていた鉱山。
いおはがね鉱山 広島県双三郡吉舎町
1937~38年、1943年~44年に稼行。
亜鉛を2トン採掘した。
石井谷鉱山 広島県三次市船所町・三軒屋
明治末期に稼行した鉱山。
1891~2年頃に開坑。
骸骼谷鉱山 広島県三次市稼地町骸骼谷
石井谷鉱山の西鉱脈の南半部。
岩兼鉱山 広島県神石郡油木町宗兼谷
杉久某氏により稼行されていた鉱山。
1918年休山。銅の品位は17.3%。
一の宮鉱山 広島県神石郡油木町入谷
上山叶氏により稼行されていた鉱山。
1945年に休山。
油木鉱山 広島県神石郡油木町
閃亜鉛鉱、方鉛鉱、黄銅鉱、赤鉄鉱、石英、スカルン鉱物などが有った。
上野鉱山 広島県神石郡仙養村上野
1956年時点で採掘済みにより休山。
相老鉱山 広島県神石郡神石町(旧永渡村)相渡・野呂
林修二氏により稼行されていた鉱山。
1917年稼行。
奈賀野鉱山 広島県神石郡神石町(旧永渡村)宮の越
1917年から19年に約1000トンの鉱石を採掘。
採掘済みにより1945年休山。
銀の品位は鉱石1トンあたり100~400グラム。
銅の品位は4%。鉛の品位は7%。
生起鉱山 広島県神石郡神石町(旧永渡村)
大同鉱業株式会社により稼行されていた鉱山。
1945年休山。
時安鉱山 広島県神石郡三和町(旧来見村)時安
平昇三氏、竹原木蔵氏により稼行されていた鉱山。
1795年頃開坑。1918年休山。
坂田鉱山 広島県神石郡三和町(旧来見村)時安
平昇三氏により稼行されていた鉱山。
1893年から1895年稼行。
1921年石原広道氏により稼行。
1924年休山。1954年探鉱。
青滝鉱山 広島県神石郡三和町(旧来見村)
松尾伊太郎氏により稼行されていた鉱山。
明治初年開坑。
光洋鉱山 広島県神石郡三和町(旧来見村)坂田
1945年に採掘済みにより休山。
富鉱部で銅の品位は15%。砒素の品位は30%。
佐草鉱山 広島県神石郡三和町(旧来見村)佐草
1940年から41年頃稼行。
富鉱部で銅の品位は2~4%。砒素の品位は20%。
宗兼鉱山 広島県神石郡三和町(旧石蓋村)宗兼
1956年時点で休山中。
鉱量は少なかったとの事。
重入鉱山 広島県神石郡三和町(旧石蓋村)重入
1850年頃に開坑。
亜鉛と鉛を産出した。
千人原鉱山 広島県甲奴郡上下町(旧吉野村)川井
森川貿易合資会社により稼行されていた鉱山。
1919年休山。
上下鉱山 広島県甲奴郡上下町(旧吉野村)川井
中国鉱業株式会社により稼行されていた鉱山。
元禄年間(1688年から1703年)開発。
1912年再開。1938年から43年に稼行。
鉛、亜鉛を採掘。
尾田鉱山 広島県甲奴郡上下町(旧吉野村)尾田部
1940年から41年に稼行。
採掘済みにより休山中。
馬乗鉱山 広島県深安郡加茂町(旧山野村)島串・神石郡三和町(旧来見村)久留美・仙養村上野
浅田金市氏により稼行されていた鉱山。
銅の品位が2~3%。亜鉛の品位が3~5%。
財福鉱山(財満鉱山) 広島県深安郡加茂町(旧山野村)・神石郡三和町(旧来見村)
沢口平次郎氏により稼行されていた鉱山。
1945年休山。
山野鉱山 広島県深安郡加茂町(旧山野村)
1875年頃開発。
銅の品位は3%。
広島広瀬鉱山(広瀬鉱山) 広島県深安郡加茂町(旧広瀬村)苅光・上野、神辺町(旧中条村)上三
広井謙吉氏により稼行されていた鉱山。
1910年前後に銅を採掘。1950年にも稼行。
銅の品位は3%。
広岡鉱山 広島県深安郡神辺町(旧中条村)上三谷・加茂町(旧山野村)・岡山県井原市高草
藤永真一氏、東宇部興業株式会社により稼行されていた鉱山。
元禄年間(1688年から1703年)銀山として稼行。
1907年開坑。1924年出鉱。
1950年河田鉱山合資会社により稼行。
本坑、銀山坑、三谷坑などの坑道が有った。
金、銅、硫黄などを採掘。
三谷鉱山 広島県深安郡神辺町(旧中条村)三谷
宇都宮鉱業部により稼行されていた鉱山。
1918年休山。
銅の品位は3%。
長滝鉱山 広島県深安郡神辺町(旧御野村)平野
1917年休山。
父尾鉱山 広島県芦品郡藤尾村父尾
柏村潔氏により稼行されていた鉱山。
1625年(寛永2年)埋没。
1936年から45年に稼行。1951年再開。
亜鉛、銅、鉛を採掘。
川井谷鉱山 広島県芦品郡藤尾村川井谷
田中条吉氏により稼行されていた鉱山。
1920年に休山。
低品位だったとの事。
猿ヶ城鉱山 広島県芦品郡藤尾村
飯田信一氏により稼行されていた鉱山。
金丸鉱山(新栄鉱山) 広島県芦品郡藤尾村臼原・新市町
山本定治氏により稼行されていた鉱山。
1919~20年に稼行。1941年から45年に貯鉱400トン。
1951年から1952年170トン売鉱。
銅、亜鉛、鉛を採掘。
大父金鉱山 広島県芦品郡共和村(旧大正村)箱田・新市町(旧常金丸村)
森憲一氏により稼行されていた鉱山。
1935年から1920年に稼行。
1938年から1942年に精鉱。
銅、銀、鉛、亜鉛、マンガンなどを採掘。
方鉛鉱、閃亜鉛鉱、黄銅鉱、黄鉄鉱、バラ輝石などの鉱石が採掘された。
常栄鉱山 広島県芦品郡新市町(旧常金丸村)
1896年開坑。1905年から1906年盛況。
1943年帝国鉱発により稼行。
1946年休山。亜鉛の品位が30%。
房井鉱山 広島県芦品郡新市町(旧常金丸村)
宇宝合名会社により稼行されていた鉱山。
1918年休山。
大盛鉱山 広島県芦品郡新市町(旧常金丸村)
福島英次郎氏により稼行されていた鉱山。
金盛鉱山 広島県芦品郡新市町(旧常金丸村)
白洲純平氏により稼行されていた鉱山。
1860年頃開坑。
銅の品位は8%。亜鉛の品位は18%。
竜宝鉱山 広島県芦品郡新市町(旧常金丸村)砂原
高橋順平氏により稼行されていた鉱山。
広栄鉱山(鉱栄鉱山) 広島県芦品郡新市町(旧常金丸村)常、芦浦
東宇鉱業株式会社により稼行されていた鉱山。
明治年間に稼行され、1942年に休山。
正和鉱山 広島県芦品郡駅屋町(旧服部村)高山・鼠谷
井久保米造氏により稼行されていた鉱山。
1550年代(毛利時代)に稼行。
本谷鉱山 広島県芦品郡駅屋町(旧宣山村)本谷
黄鉄鉱、方鉛鉱などの鉱物が有った。
金山谷鉱山 広島県芦品郡駅屋町(旧宣山村)七社
1907年頃発見し稼行。
1956年時点で休山。
100~200トンのレンズ状鉱体。
岩屋鉱山 広島県芦品郡府中市(旧岩谷村)荒谷
河澄猪三男氏により稼行されていた鉱山。
1937年から1944年稼行。
亜鉛896トン、鉛267トン生産。
瀬戸鉱山 広島県芦品郡府中市(旧岩谷村)荒谷・宮分
1938年に東方鉱山株式会社により稼行。
1940年から1944年に月に20~30トンを採掘。
その後休山。
上鉱で亜鉛の品位は15%。
金平鉱山 広島県芦品郡府中市(旧岩谷村)本谷
大正年間に探鉱し、1938年から1915年に稼行。
福寿鉱山 広島県芦品郡府中市(旧岩谷村)本谷
鉢呂福次氏により稼行されていた鉱山。
戦時中稼行し採掘済みにより1944年休山。
亜鉛の品位は20%。
赤坂鉱山 広島県沼隅郡赤坂村早戸・勝負
神戸常三郎氏により稼行されていた鉱山。
1894年から1995年(1895年の間違い?)、1937年から1942年に稼行。
山南鉱山 広島県沼隅郡沼隅町(旧山南村)大迫
宮沢登与七氏により稼行されていた鉱山。
安政年間(1854~59年)開坑。
1918年休山。
大永鉱山 広島県松永市(旧本郷村)荒木
武田薫氏により稼行されていた鉱山。
毛利時代に開発され大正末年に稼行。
1943年藤田定夫氏により稼行。
銅、鉛、銀、硫黄を採掘。
永鉱山 広島県松永市(旧本郷村)中野谷
1550年代(毛利時代)開発。
1916年稼行。
鍛冶屋鉱山 広島県尾道市(旧原田村)鍛冶屋
大永鉱山株式会社により稼行されていた鉱山。
1550年代(毛利時代)開発。
1941年~1945年稼行。
銅、亜鉛、鉛、硫黄を採掘。
金光鉱山 広島県尾道市(旧原田村)金光
1883年開発。
1904年小規模出鉱。
1926年頃に3ヵ年稼行。
1941年から1944年銅鉱石100トン生産。
品位は低かったとの事。
大峰鉱山 広島県尾道市(旧美ノ郷村)中野・三原市深町
1910年代(明治末から大正初期)に稼行。
1942年から1943年稼行。
銅の品位は2%。
西野鉱山 広島県三原市西野町(旧西野村)大西
岸本勝利氏により稼行された鉱山。
八坂鉱山 広島県三原市八坂
渡辺銀治氏により稼行された鉱山。
1916年から18年に稼行。
1925年石原康通氏により稼行。
瀬戸内鉱山 広島県三原市須波町(旧須波村)
松本末太郎氏、福山金属株式会社により稼行された鉱山。
明治末年に開発。
1934年山田嘉平氏により再開。
1943年から45年に鉱石を100トン売却。
深鉱山 広島県三原市深町(旧深田町)深田・細掛
硫砒鉄鉱、黄鉄鉱、黄銅鉱、石英などの鉱物が有った。
砒素の品位は7%。
三原鉱山 広島県三原市(旧田野浦村)宗郷町
三原鉱山株式会社により稼行されていた鉱山。
1932年から34年に開発。
1937年から1938年に三原鉱山株式会社。
その後蛍石の採掘を行った。
神武鉱山 広島県三原市(旧田野浦村)宗郷町
山口茂氏によりより稼行されていた鉱山。
1904年から05年に銅山として開発。
1934年再開。1937年に神武鉱山株式会社により稼行。
1948年に差異化し。1954年に銅鉱石を月に90トン生産。
棒谷鉱山 広島県三原市(旧田野浦村)棒谷
明治年間開発。1941年頃稼行。
黄銅鉱、孔雀石、スカルン鉱物などの鉱物が有った。
末光鉱山 広島県三原市(旧田野浦村)末光
黄銅鉱、黄鉄鉱を採掘。
残存鉱量は無いとの事。
豊田鉱山 広島県三原市(旧田野浦村)末光
明治年間に開山した。
亜鉛の品位は30%。銀の品位は鉱石1トンあたり36トン。
横山鉱山 広島県高田郡吉田町(旧郷野村)横山
長林某氏により稼行されていた鉱山。
明治初年から30年間稼行。
1931年から37年はベンガラを採取していた。
銅の品位は3~5%。
鷹山鉱山 広島県高田郡向原町(旧有保村)信吉谷
日本鉱業株式会社により稼行された鉱山。
1904年頃、1920年頃に稼行。
1943年から日本鉱業。
銅の品位は2%。
宝盛鉱山 広島県高田郡向原町(旧有保村)信吉谷
1895年稼行。
銅の品位は10%。
大谷鉱山 広島県高田郡志屋村奥谷・八千代村(旧刈田村)佐々井
山陽鉱業株式会社により稼行された鉱山。
1935年1日あたり10トンの鉱石を採掘、1938年本格的に稼行。
1946年に採掘済みにより休山。
奥谷鉱山 広島県高田郡志屋村奥谷
山陽鉱業株式会社により稼行された鉱山。
1915年頃稼行し、その後休山。
鉱床は小規模だった。
長谷鉱山 広島県高田郡志屋村木の原
山陽鉱業株式会社により稼行された鉱山。
1893年から1896年粗鉱500トン
1935年から1943年に山陽鉱業が稼行。その後休山。
銅の品位は7~8%、
長蛇ヶ原鉱山(長者ヶ原鉱山、志路鉱山) 広島県高田郡志屋村汗平
山根某氏により稼行されていた鉱山。
1925年から数年間稼行し、1942年から43年に再開。
明治初期に製錬。
1895年から1896年に200トン。
芸陽鉱山 広島県高田郡志屋村下狭平
石坂正次郎氏により稼行されていた鉱山。
明治時代に再開し後に休山。
上鉱で銅の品位は12%。鉛の品位は4%。銀の品位は鉱石1トンあたり90グラム。
大谷鉱山 広島県高田郡高南村
大正年間に稼行し1947年再開。その後休山。
銅の品位は1~2%。亜鉛の品位は5~10%。鉛の品位は3~5%。
唐代山鉱山 広島県山県郡大潮町(旧新庄村)鳴滝
1898年開山。
磁硫鉄鉱、黄銅鉱、石英などの鉱物が有った。
鉱石は低品位だった。
朝日鉱山 広島県山県郡加計町
相木勇氏により稼行されていた鉱山。
遅越鉱山 広島県山県郡加計町遅声
番匠徳太郎氏により稼行されていた鉱山。
1917年から1919年稼行。その後休山。
銅の品位は2%。亜鉛の品位は15~20%。
赤羽根鉱山 広島県山県郡加計町(旧殿賀村)掘
1897年探鉱し後に休山。
低品位との事。
旭山鉱山 広島県山県郡加計町西の谷
旭山鉱山株式会社により稼行されていた鉱山。
1897年頃採掘と製錬を行い、1938年頃2年間採掘。
銅の品位は富鉱部で8%。平均2~4%。
野竹鉱山 広島県山県郡加計町(旧殿賀村)野竹、砂ヶ瀬
河野益吉氏により稼行されていた鉱山。
明治末年に発見され1914年に稼行し、1917年休山。
坂根鉱山 広島県山県郡安野村坂根
1949年発見。
方鉛鉱などの鉱物が有った。鉱床は小規模だったとの事。
坪野鉱山 広島県山県郡安野村坪野
黄鉄鉱、黄銅鉱、石英などの鉱物が有った。
低品位との事。
槇ヶ原鉱山 広島県山県郡安野村槇ヶ原
1916年稼行。その後休山。
黄鉄鉱、黄銅鉱などの鉱物が有った。
鉱床は小規模だった。
布原鉱山 広島県山県郡筒賀村布原
1907年稼行し後に休山。
銅の品位は1~2%。
硫黄の品位は30~35%。
伏ヶ谷鉱山 広島県山県郡筒賀村小原
1897年頃稼行された。
銅の品位は1%。
瀬越谷鉱山 広島県山県郡筒賀村三谷
黄銅鉱、磁硫鉄鉱、緑泥石、石英などの鉱物が有った。
中の原鉱山 広島県山県郡筒賀村中ノ原ヤゲン谷
小笠原宇市氏により稼行されていた鉱山。
大正末年探鉱。
銅の品位は0.5%。
清水鉱山 広島県山県郡戸河内町清水
1938年発見された。
銅の品位は1%。
押ヶ峠鉱山 広島県山県郡戸河内町押ヶ峠
明治初年発見。1924年再開。
銅の品位は1%。硫黄の品位は10%。
細谷鉱山 広島県豊田郡大和町(旧大草村)細谷
黄銅鉱、石英などの鉱物が有った。
銅の品位は0.1~1%。
丸山鉱山 広島県豊田郡幸崎町
松岡安治郎氏により稼行されていた鉱山。
豊久鉱山 広島県豊田郡大崎下島豊浜村久友村
1901年(明治34年)開坑。
1905年から1908年に700トンの鉱石を生産。
銅の品位は5~16%。銀の品位は鉱石1トンあたり40グラム。
和田山鉱山 広島県豊田郡竹仁村・高田郡向日原町(旧有保村)・賀茂郡志和町(旧志和堀村)
大須賀宮子氏により稼行されていた鉱山。
仁賀鉱山 広島県賀茂郡賀永村仁賀
1907年に鉱石40トンを生産。
銅の品位は10%。
小倉鉱山 広島県賀茂郡原村長沢
玉本房吉氏により稼行されていた鉱山。
1914年に発見され、1943年から1945年に探鉱。
銅の品位は1%以下。
玉房鉱山 広島県賀茂郡黒瀬町(旧郷田村)小比曾
玉本房吉氏により稼行されていた鉱山。
1910年発見。1945年休山。
鉛の品位は28%。銀の品位は鉱石1トンあたり1000グラム。
亜鉛の品位は3%。
八世以鉱山 広島県安芸郡瀬野村
1905年に鉱石60トンを生産。
津久茂鉱山 広島県安芸郡江田島町津久茂
明治年間に採掘と製錬を行った。
1915年頃盛況。1936年から1945年頃盛況。
広鉱山 広島県呉市広町
大阪窯業セメント株式会社により稼行されていた鉱山。
金明鉱山(深川鉱山) 広島県安佐郡高陽町(旧深川村)下深川
金明鉱業株式会社により稼行された鉱山。
1946年選鉱場が消失。
富鉱部で銅の品位は10%。
院内鉱山 広島県安佐郡高陽町(旧深川村)院内
水野重人氏により稼行されていた鉱山。
1941年頃金明鉱山に付属。1951年に開発着手。
真平鉱山 広島県安佐郡高陽町(旧狩小川村)狩留家、中山
黄銅鉱と斑銅鉱などの鉱物が有った。
銅の品位は1%。
可部鉱山 広島県安佐郡可部町中島・高陽町(旧深川村)下深川
池田正雄氏により稼行されていた鉱山。
1953年に25トンの鉱石を生産。
銅の品位は2~3%。
亜鉛の品位は3~4%。
鉛の品位は1%。
八木鉱山 広島県安佐郡佐東町(旧八木村)山手・安佐町(旧日浦村)
桜井一郎氏により稼行されていた鉱山。
1907年に鉱石80トンを生産。
飯室鉱山 広島県安佐郡亜安佐町(旧飯室村)
川下直次郎氏により稼行されていた鉱山。
1945年休山。
筒瀬鉱山 広島県安佐郡亜安佐町(旧日浦村)筒瀬
1920年頃稼行。
銅、鉛、硫黄などの鉱物が有った。
権現山鉱山 広島県安佐郡亜安佐町(旧日浦村)権現山
1915年頃稼行。
1937年から38年にも稼行。
堂床鉱山 広島県安佐郡亜安佐町(旧鈴張村)
板橋貞次氏により稼行されていた鉱山。
1891年から92年に稼行。1939年から44年にも稼行。その後休山。
大峰鉱山 広島県佐伯郡上水内村大谷
1930年頃探鉱。銅の品位は10%。
小松原鉱山 広島県佐伯郡吉和村小松原
1887年に開坑。
銅の品位は1%。硫黄の品位は10%。
内里地鉱山 広島県佐伯郡佐伯町(旧玖島村)大谷山、内里地
1901年から1902年に稼行。
銅の品位は0.5%以下。
大野鉱山 広島県佐伯郡大野町別府
1939年頃稼行した。その後休山。
銅は低品位。酸化タングステンの品位が0.1%。
長畑鉱山 広島県佐伯郡三高村長畑
黄銅鉱、閃亜鉛鉱、黄鉄鉱、石英などの鉱物が有った。
畑鉱山 広島県佐伯郡沖村(旧高田村)畑
黄銅鉱、磁硫鉄鉱、石英などの鉱物が有った。
玖波鉱山 広島県大竹市(旧玖波町)
満居保氏により稼行されていた鉱山。
1955年探鉱中。
鉄が採掘された鉱山
帝釈鉱山 広島県比婆郡帝釈村
戦時中に稼行した鉱山。
含マンガン赤鉄鉱床。
始終鉱山 広島県比婆郡帝釈村
1938年から39年に稼行。
その後休山。
内堀鉱山 広島県比婆郡小奴可村
田中正一氏により稼行されていた鉱山。
鉄の品位は50%。
藤沢鉱山 広島県比婆郡田森村
戦時中に稼行した鉱山。
鉄の品位は44~51%。
鞘金崎鉱山 広島県沼隈郡鞘町
戦時中に稼行した鉱山。
鉄の品位は26%。
深光鉱山 広島県三原市
戦時中に稼行した鉱山。
鉄の品位は25%。マンガンの品位が5%。
山県鉱山 広島県山形郡筒賀村
1938年頃稼行。その後に休山。
鉄の品位は55~60%。
マンガンが採掘された鉱山
大仙鉱山 広島県比婆郡東城町戸宇
杉林黒鉛満俺と望戸卓児氏により稼行されていた鉱山。
マンガンと二酸化マンガンを採掘した。
大仙山鉱山 広島県比婆郡東城町戸宇
池田悦太郎氏により稼行されていた鉱山。
吹矢谷鉱山 広島県比婆郡東城町戸宇
二酸化マンガンを採掘した。
戸字鉱山 広島県比婆郡東城町戸宇
高山鉱山 広島県比婆郡帝釈村宇山
山本忍己氏により稼行されていた鉱山。
始終鉱山 広島県比婆郡帝釈村宇山
渡辺富市氏により稼行されていた鉱山。
マンガンと鉄を採掘。
銭瓶山鉱山 広島県比婆郡帝釈村宇山
マンガンを採掘している。
大父金鉱山 広島県芦品郡大正村
森憲一氏により稼行されていた鉱山。
マンガンを1364トンを採掘した。
天徳峡鉱山 広島県安佐郡久池村
浅井良美氏により稼行されていた鉱山。
マンガンと二酸化マンガンを採掘した。
戸山鉱山 広島県安佐郡戸山村
越智善太郎氏により稼行されていた鉱山。
マンガン1320トン採掘。
大井鉱山 広島県山県郡筒賀村大井
マンガンを採掘した。
銅山谷鉱山 広島県佐伯郡吉和村銅山谷
木野鉱山 広島県佐伯郡木野村早瀬ケ迫
末延柳六氏、越智善太郎氏により稼行されていた鉱山。
大竹鉱山 広島県大竹市
越智善太郎氏、畑辺勝彦氏により稼行されていた鉱山。
飯谷鉱山 広島県大竹市飯谷
クロムが採掘された鉱山
小奴可鉱山 広島県比婆郡小奴可村持丸
品川白煉瓦株式会社により稼行されていた鉱山。
1940年に採掘し、8000トン近くを採掘済み。
三酸化クロムの品位は平均25%。
持丸鉱山 広島県比婆郡小奴可村持丸
広瀬安次氏により稼行されていた鉱山。
1939年より休山し1944年再開。その後休山。
三酸化クロムの品位は平均35%。
八鉾鉱山 広島県比婆郡小奴可村および八鉾村
品川白煉瓦株式会社により稼行されていた鉱山。
1940年時点で採掘中。
三酸化クロムの品位は19~26%。
岩祖鉱山 広島県比婆郡小奴可村
日本鋼材株式会社により稼行されていた鉱山。
1944年に耐火材として蛇紋岩を採掘。
モリブデンが採掘された鉱山
大林鉱山 広島県安佐郡大林村
花崗岩の石英脈の輝水鉛鉱を採掘。
水内鉱山 広島県佐伯郡水内村和田
花崗岩の石英脈の輝水鉛鉱を採掘。
タングステンが採掘された鉱山
滝鶴鉱山 広島県三原市田之浦
1918年から19年に鉱石2.3トンを採掘。
石英・鉄マンガン重石・輝水鉛鉱などの鉱物が有った。
久和喜鉱山 広島県三原市久和喜
搗鉱(破砕する機器)および比重選鉱場が有った。
品位は0.5%。
瀬戸田鉱山 広島県豊田郡瀬戸田町生口島
中村六一氏により稼行されていた鉱山。
1941年高木久滴氏により発見。
1951年から中村六一氏により稼行。
観音鉱山 広島県芦品郡阿字村大字平谷
1944年に有田正次氏により発見。
その後は未稼行との事。
西奥鉱山 広島県芦品郡阿字村大字西組
昭和の初めに探鉱されたが稼行価値に乏しいとの事。
市ノ畑鉱山 広島県賀茂郡郷田村市の畑集落の西方1km余
1943年4月から山口県の岡田某氏により稼行。
終戦後休山。
鉄マンガン重石や輝水鉛鉱を採掘。
渡瀬鉱山 広島県豊田郡幸崎町字渡瀬
島田末信氏により終戦後に稼行された。
鉄マンガン重石を採掘。
木江鉱山 広島県豊田郡木江町
上杉某氏の所有。未開発との事。
アルミニウムが採掘された鉱山
加茂粘土鉱山 広島県加茂郡高屋村・西條町・造賀村
小鉱床の集合で32鉱床有ったとの事。
32鉱床の平均品位は酸化アルミニウム22%。二酸化ケイ素の品位が62%。
安芸津粘土鉱山 広島県加茂郡坂城村・安芸津町
付近に24鉱床が有った。
低級耐火材を月に150トン採掘。
品位酸化アルミニウム24%。二酸化ケイ素の品位が58%。
明礬石が採掘された鉱山
勝光山鉱山 広島県比婆郡山内北村比和村
日本加里肥料株式会社により稼行されていた鉱山。
磁硫化鉄が採掘された鉱山
岩谷鉱山 広島県芦品郡岩谷村
帝国鉱業株式会社により稼行された鉱山。
長追鉱山 広島県安佐郡深川村
磁硫鉄鉱、石英、輝石などの鉱物が有った。
鉱床は長さ130メートル×深さ40メートル。
戸河内鉱山 広島県山県郡戸河内町
磁硫鉄鉱を採掘。
硫化鉱が採掘された鉱山
長迫鉱山 広島県安佐郡深川村
磁硫鉄鉱、石英、輝石などの鉱物が有った。
蛍石(フローライト)が採掘された鉱山
神武鉱山 広島県三原市宗郷町
山口茂氏により稼行されていた鉱山。
年間150トンの蛍石採掘を目標。
フッ化カルシウムの品位が40~80%。
主に蛍石、透輝石、柘榴石、石英、方解石を伴う鉱床。
三原鉱山 広島県三原市宇部町
東洋鉱業株式会社により稼行された鉱山。
1943年に2065トンを採掘。
三原鉱山 広島県豊田郡沼田東村釜山
石井典太郎氏により稼行されていた鉱山。
低品位だったとの事。
神武ホタル鉱山 広島県三原市田の浦町
常岡詮二氏により稼行されていた鉱山。
蛍石と緑色スカルン鉱物からなる鉱床。
蝋石が採掘された鉱山
勝光山鉱山 広島県比婆郡山内北村比和村
数鉱区に分かれており、当時でも採掘していた地域と休山していた地域が有った。
耐火物用、クレー用として採掘していた。
釜ヶ峰鉱山 広島県比婆郡口南村伊与谷
耐火物用として採掘されていた。
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